橙書店にて

橙書店にて

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橙書店にはじめて行ったときのことは、いまでもたまにふとしたときに思い出す。  深いしっとりとした橙色に塗られた柱にしずかに浮かぶ「橙書店」の白い文字を見た瞬間、すてきなところに来たのだという感慨で胸がいっぱいになったものだった。  すこしうす暗い階段をゆっくりと登り辿り着いたその店の扉にはガラスが張られていて、店内を覗き見るかのようにしてそっと店のなかをうかがう。  ああ、ここがあの橙書店。 聞きしにまさるとはこのことかと心底うれしくなりながら、ゆっくりと扉を開けた。  店に足を踏み入れてまずぼくたちを迎えてくれるのはていねいに並べられた文庫本たちの棚だ。  まるでこの場所にいることとこれからどこか見知らぬ地に旅立つことを夢見るこどもたちのように、それらはぴかぴかとぼくの目のなかに入りこんできた。  壁沿いにすっと空気が流れるみたいにして歩きながら、壁一面に並べられた本たちの背表紙や平積みの本たちの威風堂々たる顔ぶれをながめる。  いろいろな本がある、しかし「なんでも」があるわけではない。ここには置かれていない種類の本というものがたくさんあり、きっと「なんでも屋さん」な便利な本屋さんがすきなひとには物足りないと思えるのかもしれないとも思った。  しかしそれはもちろんこの店の長所だ。ここに並べられた本たちはみな店主である田尻久子さんが読んでおすすめできると思ったものだけなのだ。だからだろうか。ここには物を売る場所の、あの"物を売ろうとする押しつけがましい存在のうるささ"のようなものがまるでないのだ。  物は、ひとがどのようにその場所に置くのかによってそのすがたを変える。もちろん物理的な意味での形状はかわらないのだけれど、そこにあることの意味を変え、存在のしかたを変える。生き方によって人の顔立ちは変わらずとも顔つきが変わるのにすこし似ているかもしれない。纏う空気の変化のようなものだろうか。  あの場所に置かれた本たちはしあわせだろ、ぼくにはそう思われて仕方ない。あんなにも居心地のいいところはなかなかにないからだ。ぼくはあの店と田尻さんのことがほんとうに好きみたいだ。  田尻さんはきっと耳をすます人なのだ。それはあの店でコーヒーを飲むために窓際の机に腰かけてみればわかる。  窓から射しこむひかりがこれ以上ないほどに完璧なまでに机の上に自然にしずかに踊っている。  その寸分の狂いのなさ、それは設計された建築物や間取りというような人為的な意図によるものではなく、いまここにある場所にていねいに息深く耳をすまし、声なき声を聴き、日々をたいせつに営むこと、そうしたことの積み重ねのうちにしかあのひかりは宿りはしないのだとぼくは思う。  そんな田尻さんのつくりあげる店の棚の本たちもまた、ちいさく切実なひかりのような声を宿したものたちだ。  ぼくはあの書店にいまも憧れている。そして憧れはそこにあるものとは異なる顔をしてあらたな場所をたちあげるための原動力にもなる。  真似することはない。ぼくはぼくのやりかたで声を聴く。それだけだ。 橙書店にて 著:田尻 久子  単行本: 227ページ 出版社: 晶文社 発売日: 2019/11/6