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チベットのモーツァルト

1,220円

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私が、多彩な学問の領域に惹かれるきっかけを与えてくださったのは、中沢新一さんの本を読み耽ったことが、大きな要因のひとつだと思い出す。 ⁡ はじめにハマったのはこの『チベットのモーツァルト』だった。チベット密教の世界にふれるために彼は、チベット密教の導師である、ラマのもとで、密教の修行をした。そのことにまつわり紡がれた文章が、当時20そこそこだった頃の私の何かに深く食い入り、私は何度もなんども彼の本を読み返したものだった。 ⁡ 真木悠介さんの『気流の鳴る音』に登場する、ヤキ・インディアンの呪術師ドン・ファン・マテオスのことも、この本のなかで語られてある。 ⁡ 20代前半の頃によく読んだ細野晴臣さんの本にもまた、ドン・ファンのことが語られていた。 ⁡ 中沢さんと細野さんは、今では品切れになってしまっている『観光』という本では、日本各地の聖地を共に巡りながら、人類学者としての知と、音楽家としての知とを共に奏でながら、なんとも味わい深い対話を展開していたことも、思い出されるものだ。 ⁡ 細野晴臣、中沢新一、真木悠介、中島智、ドン・ファン・マテオスという、思考の星座が、今は、私の目の前に、光を放ちながら、見える。 ⁡ 人の思考というものもまた、人の身体がそうであるように、他者たちとふれあいながら、他者の一部を飲み下し噛み砕き摂取したりもしながら、紡がれ、形を成してゆくものだから、誰かの思考というものは、他の思考と、どこかではつながっている。 ⁡ 本を読むことの愉しみのひとつには、そうした、多彩な思考たちの織りなす交響を聴きとることや、その共鳴関係や違和関係を聴きとることや、みずからが気づかないうちに絶対的なものとしてしまっていた、思考を他者にふれることで相対化され、その違いに気づかされることなどが、ある。 ⁡ 交わり、混ざりあい、違和感のもとに離反したり、ぶつかったりしながら、互いに抱擁したり、みずからの一部としてそれを生きたりとしながら、思考は、一生物体を超えて、存続してゆく。 ⁡ 『レンマ学』という本では、南方熊楠の粘菌研究の成果を、現代の生物学的な知見に照らしながら、脳を超えた知性、知能というものについてふれられる。粘菌という、動物とも植物とも分類し難いものが有する知性、思考には、どうにも私も興味を惹かれる。 ⁡ 考える、という言葉を使う時に、かつての私は、頭で考えるということを、考えることだと思い込んでいたところがある。 ⁡ 粘菌には、頭、中枢神経系統などはなく、それでも原初的な記憶を有するし、考え、行動する。『タコの心身問題』という問題も興味深い。思考というものは、さまざまな形態をとりうるものだし、生きているのか死んでいるのかわからないところにだって、広義の意味での〈思考〉というものはあるのだと思う。 ⁡ エドゥアルト・コーンによる『森は考える』という書物には、サンダース・パースによる記号過程という考え方などを敷衍した、〈森の思考〉が語られる。こういうことは、岩波文庫から復刊された、グレゴリー・ベイトソンの『精神と自然』の話に直結する。 ⁡ この世界にあまねくある諸思考たちを思考することは、なんともいえずおもしろい。私はこの頃は、そういう研究に惹かれている。 ⁡ 『レンマ学』では、南方の他に、鈴木大拙や井筒俊彦さんの思考の展開としての、大乗仏教と現代心理学的な文脈における、多様な「無意識にまつわる思考」が結びつけられる。 ⁡ 「無意識」を発見したのは、フロイトだと語られることがあるけれども、たとえば仏教唯識派の人たちが語る「阿頼耶識」という深層の心の領野というものは、フロイトらの西洋精神分析学派の人たちが語る「無意識」との、とても似た思考がある。 ⁡ 中沢さんは『レンマ学』では、日本哲学の泰斗である西田幾多郎の弟子である、山内得立の研究した、ロゴスとは異なる論理の型であるところの、レンマというものをもとにした学問を打ち立てようとする。 ⁡ ロゴスは切り分け、順に並べるということを意味するのだけれども、レンマはある種の直観知的な論理であって、ロゴスのように切り分けならべるのではなく、一気に包括的に観る。 ⁡ 山内は、西洋のものとは異なる東洋に馴染んだ論理として、そういうレンマを考えた。 ⁡ 中沢さんは、大乗仏教諸派の思考を深掘りしながら、フロイト、ユング、対称性無意識、ドゥルーズ=ガタリらの機械状無意識などをそこに照らし合わせて考えてゆく。 ⁡ そこには数学や言語学が織り合わされてゆき、なんとも言えずおもしろい。 ⁡ 人類の心というものを考える時。中沢さんのまわりにある多彩な思考群たちが私にさらなる思考の展開をと促してくるように感じる。 ⁡ 学問は、おもしろい。本当に、おもしろい。 ⁡

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