版元紹介文
20年にわたり荒木経惟氏に師事し、モノクロームの男性ヌード写真で知られる写真家・野村佐紀子。 本書は、スパイカメラと呼ばれる超小型カメラで7年に渡り撮影された。これまで作品集としてまとめられることのなかった風景写真を中心にした、著者はじめてのカラー写真集。 心の揺れや不安や予感、一瞬をよぎっていく感情を映しとるスパイカメラ。その撮影スタイルから出来上がる写真は、見ている景色よりも自分の気持ちに一番近いという。 どこでもないし、どこでもいい。 だから彼女には世界がこう見える。
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百瀬雄太の紹介文
何を撮るかには、その写真家の生きる無意識が顕われる。また、その何を、どのような経過のさなかにおいて撮る、撮らざるをえなくなるのかにも。写真家は、表現者である以前に導かれ連れ去られんとする。この野村佐紀子はまさにそうであるように思われる。彼女を写真することへの向かわせるものにはなにがある。当の本人もあるいはまだそれについて認識はないのかもしれないが、しかしながらその生命はもう知り、もう知っている。その先にそれがあることがはっきりと感じられる。だから、撮る。その先へと往くために。
夜間飛行
野村佐紀子
リトルモア
3080円税込
頁をめくりはじめた瞬間にもう静謐な〈母胎〉のさなかに取り込まれる。肉体がそこにある。人間の男の、女の肉体。肉体はしかしながらそこでは肉体以前のものに帰りはじめる。それは溶け合う。はじめのうちには確かに肉と肉とで、心同士で、体同士で抱き合う。抱き合うなかにも確かに溶解がある。それはこの孤独で帰らんと欲する個体たちを蕩合わさせる。しかしながらその先もある。煙が夜に漂うに向こうへ向かう。車を走らせる。この夜のなかの様々な光景。しかしながらそれらは風景と呼ぶにはあまにも朧げである。それは何という名を溶かす。名前以前に溶けて行こうとする。もはや夜。夜のなかでは身体は消え去る。その身をその身として生きさせるところにある〈夜=母胎〉。母胎とはそこで単なる女の母となる体を意味しない。それは肉が肉として現象する未然形態を生物として現前させる場所である。それは光以前の闇であり渾沌であり、ゆえにそれは風景をすら成さない。風景をなす以前にある〈光景=母胎〉をそこに映す行為がある。微睡その闇の真ん中に帰りたい、還らんと欲する生命現象の欲動が、その〈子宮=男の肉体〉を求める。そこでは性別すらも超えた男女の融合の現場におけるエロスとそしてタナトスがある。けれどもその融合をも包含する一者へとも溶け込もうとする。その上でその完全なる夜間飛行は具現を不可能性のもとに立脚させるだろう。それでもなおも飛び立つ夜の生き物はそこに現前する像を写真に収めるだろう。不可能な可能を実現するためにも。
Lina sasaさんの好きな本の1冊。よろしければ。
ももせ