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悲しみについて本気出して考えてみた /中田実希

1,400円

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かなしいことを考えることが、苦手だ。 でも、考えてみた、その記録です。 結果、飼っていた犬や猫の話がたくさん出てきます。 かなしくないまま、生きることができない。かなしい。 最初の方の文章だけ、掲載します。 *** かなしいことなどなにひとつ 起こらないでほしい かなしいことはひとつも考えたくない 楽しいことだけで 人生を終わったらいいのに 悲しみについて本気だして考えてみた  昔から、楽しいことを考えることが得意だった。日々の中に、楽しいこと、綺麗なことは溢れかえっていた。体育で校庭を走ること、帰り道にみつけたふわふわな毛の子猫、甘いカヤの実、いつも静かに待っていてくれる図書館、ひとりになりたくなると登る木、給食、ドッチボール、どろけい、バスケ、編み物、絵を描くこと。家族と話す、あたたかな布団、美しい太陽、励ましてくれる風、やさしいチャイム。かなしいことなんてひとつもなければいいと願った。世界中のかなしみを、わたしが大きな権力をもって無くすことを望んだ。  高校生の秋に、コロが死んだ。門から出てしまって、どこかで毒を食べてしまったらしい。嘔吐と便が出て、もう動かなくなった体。冷たくない気がした。心臓はまだ動いている気がした。彼氏と遊んで帰りが遅くなった自分を責めた。あと十分、あと一時間はやく帰っていれば。母に電話をかけて急いで動物病院に向かう。大きな暗い橋を渡る。日が暮れて真っ黒な空と海が見える。タオルに包まれたコロ。「残念ですが……」と獣医のおじさんが言う。メガネをかけたやさしそうな人だ。そこからの記憶はない。そのあとコロの亡骸は、動物専門の火葬業社に持って行って燃やしてもらったらしいが、なにも覚えていない。コロ、とそこからしばらく名前を呼ぶこともできなかった。かなしくて、かなしくて、どうしたらいいかわからなくなりそうで。でもわたしはそこから、すべてのWEBのパスワードに「koro」をいれた。コロがはじめて家に来た日も添えて。名前は呼べない、家族とコロの話もできない、お墓参りも行けない、でもわたしはコロを忘れていないし、忘れてはいけないと、自分になにかを刻み込むように、メールアドレスをあけるたび、ネットショッピングをするたびに、「koro」と打ち続けた。  コロは小五のときに、家にやってきた犬だった。同じクラスの友達の隣の家で飼われた雌犬と、大きな雄の野良犬の間にできた子犬だった。まるくて、ころころしているから、コロ。鼻先と、ぴんとたった耳の先、丸まった尻尾が黒くて、他は茶色の、瞳の美しい犬だった。一年後、一匹じゃ可哀想かもしれないと、保護団体からもらってきたノンとはあんまり折り合いはよくなさそうだった。甘やかされて育ったコロと、野良犬時代を経て兄弟犬とやりあってきたノンでは、年齢はコロのほうが上でも、力の差があるのはあきらかだった。ノンは細くて賢くて綺麗な薄い茶色の雌犬だった。 *** ・著者:中田実希(庭文庫) ・表紙、裏表紙写真:盛山麻奈美 ・発行日:2025年3月20日 発行

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